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最高裁判所第三小法廷 昭和52年(オ)773号 判決 1980年1月22日

上告人

沖田清道

右訴訟代理人

石丸九郎

被上告人

榎本はる

外五名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人石丸九郎の上告理由(一)ないし(三)、(五)及び(六)について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

同(四)及び(七)について

所論は、要するに、農地法の一部を改正する法律(昭和四五年法律第五六号。以下「農地法改正法」という。)附則八項は憲法二九条に違反するというのであるが、同附則八項は、農地法改正法による改正前の農地法二一条等の規定が右改正法の施行の日から起算して一〇年を超えない範囲内において政令で定める日まではなおその効力を有する旨を定めるにすぎないものであつて、これが憲法二九条に違反するものでないことは、当裁判所の判例(昭和二五年(オ)第九八号同二八年一二月二三日大法廷判決・民集七巻一三号一五二三頁、昭和四〇年(オ)第四〇四号同四三年四月二三日第三小法廷判決・民集二二巻四号一〇〇八頁、昭和四五年(オ)第一四二号同四五年一〇月九日第二小法廷判決・裁判集民事一〇一号二三頁)の趣旨に徴して明らかである。

なお、所論は、いわゆる市街化区域農地に係る固定資産税の課税標準となるべき価格は当該市街化区域農地とその状況が類似する宅地の固定資産税の課税標準とされる価格に比準する価格によつて定められるべきものとする旨を規定する地方税法(昭和四六年法律第一一号による改正後のもの)附則一九条の二の規定及び市街化区域農地に係る都市計画税の額は右市街化区域農地の固定資産税に関する規定の例により算定した税額とする旨を規定する同附則二七条の二の規定を引用して、農地法改正法附則八項の憲法二九条違反をいうが、これらの規定は、最近、市街化区域農地の価格が著しく騰貴し、その値上り益が当該農地の価値のなかに化体していることに着目して新設されたものであるから、右固定資産税等の税額が、当該農地を他に賃貸した結果得られる収益である小作料の額を超過することがあるとしても、そのことが直ちに当該農地の所有者の権利を侵害する不合理なものであるということはできない。それ故、右と異なる見解に立つて農地法改正法附則八項の憲法二九条違反をいう所論は、その前提を欠き、失当である。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(環昌一 江里口清雄 高辻正己 横井大三)

上告代理人石丸九郎の上告理由

<前略>

七、上告理由 (七)

原判決には、憲法違反がある。

(一) 新農地法附則第八項は、昭和四五年法律第六五号による旧農地法の改正により制定された規定である。

(二) 而して、当時昭和四六年法律第一一号による地方税法附則第一九条の二、同条三、第二七条の二等は未だ制定されていなかつたことは当然のことである。

(三) 昭和四五年法律第五六号による旧農地法改正の原因、目的、趣旨については上告人の昭和五〇年五月七日附準備書面第一項に於いて主張したとおりであるが、未だ所謂A級農地に対する固定資産税額及都市計画税額の増額と謂う事情がなかつたため、その改正法附則第八項を制定して個人たる小作人の地位を保護するため小作料の統制を維持したものである。

従つて、その後昭和四六年法律第一一号により附則一九条の二、同第三、二七条の二の制定あつてA級農地に対して固定資産税や都市計画税の増額される結果となつた以上新農地法附則第八項は検討、改廃さるべきであつたが、それがなされず現在に及んでいるのである。

(四) 一方、昭和四五年法律第五六号による旧農地法の改正の原因である(イ)「自作農主義」、(ロ)「耕作者の農地取得の促進」の政策の後退。これに反する(ハ)「国の経済の高度成長に基く急激な都市発展及び広汎な道路網建設の進行、農地転用の増大、それに基く地価の高騰、農地転用の需要増大への順応、(ニ)「農業上の効率的な利用」の必要にあつたものであり、農地行政の大きな転換があつたものである。

(五) このような事情からするならば、小作地の所有者への前述の「課税による罹災」とも云い得る損害を所有者に強いてまでも、小作料の統制を維持して小作人を保護する必要が果して肯定できるかどうか。むしろ「農業上の効率的な利用」(甲第八号証によると普通ありふれた野菜の栽培の用に供されている)によることにより、小作料の統制は緩和又は撤廃すべき「事情の変更」があつたものと云うべきである。

(六) これが緩和又は撤廃により小作人の負担が大となり、小作人たる地位が保持出来ない事態が生じ「公共の福祉に反する結果」が生ずるとするならば、国の補償により農地行政を遂行すべきである。原判決の説示(一三丁目表)「所有者に対する課税額の増大分をたやすく小作人に転嫁できないものである」ならば、その責任を所有者に転嫁することなく国が補償することにより国政国策を遂行して公共の福祉を計るべきである(例えば水田休耕補償制度の如く)。

(七) 立法府や行政府の裁量権の逸脱により小作農地の所有者と賃借人間に著しい不均衡が生じた場合、その損害を所有者の負担として課税額の12.4分の1(昭和四八年度)、24.8分の1(昭和四九年度)、43.5分の1(昭和五〇年度)、51.2分の1(昭和五一年度)の小作料に統制することは、憲法第二九条が保障する私有財産制度を有名(所有自体は認める)無実(所有すると云う一事により巨額の損害を法の効力によつて強いる)とするものである。

(八) 固定資産税制自体、都市計画税制自体、農地法自体に憲法違反はなくとも、これ等の法令を平行施行することにより憲法違反の結果を生ずることはあり得るところであり、本件の場合も正にこの意味に於ける憲法違反と云うべきである。

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